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論語とは、読んで字の如く「論じ語る」、つまり孔子と、弟子達や要人達との間に交された対話録であります。孔子晩年には、弟子の数三千人とも五千人とも云われておりますが、弟子達は、孔子から聞いたこと、教わったことを夫々(それぞれ)が断片的に記録しておりました。孔子が亡くなってからしばらくして弟子たちは、師の語られたことを忘れないうちにまとめておこう、と云うことになりまして、断片的に記録したものを皆で持ち寄った。そして出来上がったものが「論語」であります。ですから、論語は孔子の年代順に記録してある訳でもありませんし、テーマを決めて体系的にまとめてある訳でもない。論語は「学而(がくじ)第一」〜「堯日(ぎょうえつ)第二十」の全二十篇から成っておりますが、篇名も出だしの二文字を無造作に冠したものでありまして、中味とは何の関係もない。所謂、雑纂であります。従いまして、学而第一から順に読む必要などありません。パッと開いた所をどこから読んでもいい。これが又、論語の魅力の一つだと思います。大変に不思議で面白いことですが、三大聖人と云われる釈迦も孔子もイエスも自分のことは何も記録していない。ソクラテスも何も書いておりません。聖人とは、ただ語るのみで書物を残さないもののようであります。

さて、儒学は、一般に「修己治人の学」と云われておりますが、その儒学の祖が孔子であり、儒学の基本書が論語である訳です。では儒学の祖、孔子とはどのような人物だったのでしょうか?孔子の経歴をざっと見てみましょう。

| B.C.551年 |
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春秋末期の魯国にて、父孔こつ*1(こうこつ)(叔梁こつ*1)・母顔徴在(がんちょうざい)との間に孔子生まれる。(姓は孔、名はこつ*1、字は叔梁(しゅくりょう))
腹違いの姉九人・兄一人(孔孟皮)がいる。 父孔こつ*1(こうこつ)は下級武士であったと云われる。
孔子の姓は孔(子は先生の意)、名は丘(きゅう)、字は仲尼(ちゅうじ)。
(長男は伯、次男は仲、三男は叔、末っ子は季) |
| 3才 |
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父と死別 |
| 17才 |
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母と死別 |
| 19才 |
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幵官氏と結婚し、1男1女をもうける。
長男の名は鯉(り)、字は伯魚(はくぎょ)・長女の名はじょう*2。
鯉の長男、すなわち孔子の孫が仭(きゅう)・字は子思(しし) |
| 27才 |
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魯国に仕官して家畜の管理や会計の職務に就く。 |
| 30才 |
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弟子をとり始め私塾を開設する。 |
| 51才 |
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魯の定公に用いられ中都の長官となり、実績が認められて大司寇(今で云う総理大臣と法務大臣を兼ねたようなもの)に抜擢され、魯国の大改革を行う。 |
| 55才 |
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職を辞し流浪の旅に出る。
以後13年間も弟子とともに旅を続ける。 |
| 68才 |
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魯に帰国する。
哀公に仕官を求められるが断わり、青年教育に余生を捧げる。 |
| B.C.479年 |
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73才でこの世を去る。 |

孔子は若いころ大変に苦労したようでありまして、「吾、少(わか)かりしとき賤(いや)し、故に鄙事(ひじ)に多能なり」。『私は若い頃大変貧しかった。だから食わんが為、生きんが為に何でもやったので、つまらんことに多芸多能になったのだ』と述懐しております。又、晩年に自分の人生を振り返って「吾、十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず、五十にして天命を知り、六十にして耳順い、七十にして心の欲する所に従えども矩を踰えず」と述べている。

では、孔子教学、つまり儒学はどのようにして後世に伝えられたのでしょうか?

孔子 → 曽子 → 子思 → 孟子 → 筍子 → 韓非子(法家)
「孝経」 「中庸」 「孟子」 「筍子」 「韓非子」

ここまでが春秋〜戦国、つまり先秦時代の儒学の系譜。その後、秦の始皇帝の焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)で下火となるが、儒学が儒教として国教化されるのは、この後の前漢の武帝の時代。儒者である董仲舒(とうちゅうじょ)の強い進言があって、武帝は儒学を国の教えの根幹に据える。つまり「国教」に定めるが、そのせいで儒者達は国の権威を嵩に着て、序々に中味が失われ、礼式・作法のみにこだわる形式儒教と化してしまうことになる。(葬式儒教と云われる)

日本には儒教がいつ頃伝えられたかと申しますと、四世紀後半応神天皇の十六年に、百済から王仁博士によって「論語」十巻と「千字文(せんじもん)」一巻が伝えられたとありますから、今から1600年も前にすでに論語が日本に伝えられていたことになります。ほぼ同じ頃に仏教も入って来ておりますが、大和民族と云うのは大変優秀な民族でありまして、古くからあった神道に儒教と仏教を混成して、いつの間にか「日本教」を作り上げてしまう。将にハイブリッド文明の天才としか云いようがありません。

たとえば、皆さんは位牌とか墓とか年忌法要のしきたりは、仏教オリジナルのものだと思っておられるかも知れませんが、釈迦仏教とは何の関係もありません。釈迦は「肉体煩悩を捨てよ!肉体執着を断て!」の一点張りですから、位牌や法要などある訳がありません。位牌や法要は、日本仏教特有のものでありまして元々儒教から来たものです。(尸→面→木主→位牌)

ウソだと思うなら坊主に聞いてごらんなさい!ですから、仏教の僧侶が、永代供養料と称して何百万ももらうとか、戒名料を何十万ももらうなどと云うのは、何の根拠も無い、まったくバカげた話なのです。お寺の金儲けの手段なのです。仏教の祖、お釈迦様が知ったらきっとお怒りになるでしょう。日本の坊主は全員破門されます。
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